集団催眠の記憶

私がまだ幼少(5歳か6歳)のころ、父に連れられて、小学校の講堂で催された気合術の実験と講演(当時、怪しげな講演がいろいろあった)を見にいった記憶がある。出し物としては、真っ赤に焼けた鉄の棒を手でしごいたり、体中に畳針を刺したり、そのほか不可思議な技がいろいろあった。それらを演じた最後に、「今、外は雨が降ってきた。今日、来てくださった皆様全員にお礼として傘を進呈する」
と言い、大人全員(このあたりの記憶は定かではないが)に傘を配った。私の父も傘をもらい、その傘をさして家に帰った。家に着いたら、どういうわけか空には雲ひとつ無く月が出ていて、傘だと思って手に持っていたのは、”割り箸”だった。という経験がいまだに意識の底にこびりつくように残っている。今、考えてみれば、これが私と催眠術の初めての出会いであったような気がする。

私の父は、私が27歳のときに他界しているが、若いころから不可思議な話や超常現象に類する話題が大好きだった。父が実際に見た非常に不可思議な催眠術の講演会の話や、霊媒実験の話もいろいろと聞かされている。大正時代から昭和ひと桁の時代のはなしである。
父が話してくれたのが本当の話で、インチキでないとするならば、その当時は日本にも優れた催眠術師が数多くいたことになる。