氣と催眠は同じなのか!?

≪月刊「秘伝」2007年5月号より転載≫

手を触れず人が飛ぶ。あるいは手をかざすだけで倒れてしまう。

日本武術、中国武術を問わず、多くの読者がこんな光景を一度は目にしたことがあるはずだ。そしてその時、こう思わなかっただろうか?

「これって催眠術の一種じゃないの?」と。

確かに現象としては似ている。ほとんどの場合、飛んだり倒れたりするのは術者の弟子や関係者であり、意識、無意識を問わず両者の間に何らかの関係が存在している。無論、飛んで行く人間はそこに何かしらの現象、本特集で言うところの″氣″を感じているのだろうが、第三者的に見る限りは催眠術で操られているのと変わらない。

もちろん催眠術と氣か同じだとは思わないまでも、そこに何かしらの類似点があるのではないか?と考えるのもまた自然だろう。

“氣と催眠術は関係あるのか?”

今回の特集にあたり、そんな長年の疑問を催眠カウンセラーの吉田かずお氏にぶつけてみた。

吉田かずお氏。ドンキーカルテットをご存知の、ある程度のお年の方には”ジャイアント吉田”のお名前でご紹介した方がピンとくるかもしれない。

また熱心な秘伝読者であれば数年前の本誌太気拳特集(04年12月号)でご登場頂いた氏の姿をおぼえているだろう。吉田氏は柔道を講道館・三船久蔵師範の元で学び、太気拳の創始者・滞井健一師の草創期の弟子である武術家でもあるのだ。その際にも多少ご紹介したのだが、吉田氏は独学で催眠術を修得し、現在催眠カウンセラーとして活躍されている。

では催眠術はもとより、武術にも造詣の深い吉田氏は、氣と催眠の関係をどのように考えているのだろうか?

すると吉田氏は、「凄く関係ありますね。何を以て氣とするのか難しいのですが、氣と呼ばれるもののある部分に関しては催眠でもほとんど同じ事ができます。だから催眠を知ることで氣も進むし、武術は飛躍的に進歩しますよ」とお答え下さった。

仮に催眠と氣に同じ部分があるなら、その共通項を見ることで、氣のあり方も見えるのではないか?

では翻って催眠術とは何だろう?

催眠という言葉自体は既に一般的ではあるが、現実にその存在を知る機会と言えば、時折テレビで見る程度というのが実情だろう。考えてみれば知っているようで知らない催眠の世界。まずは催眠の世界へ分け入り、そこからさらに氣の世界に踏み込んでみたい。

驚愕の催眠世界

≪月刊「秘伝」2007年5月号より転載≫

「まず催眠術は大きく、他者催眠と自己催眠の二つに分かれます。一般的にテレビなどで見ることの多いのは他者催眠、催眠術師によってかけられるスタイルです。難しさということで言えば他者催眠の方が簡単。自己催眠は非常に難しいです」と吉田氏は言う。

自分をコントロールする自己催眠に比べ、他者をコントロールする・他者にコントロールされる他者催眠の方が簡単というのは意外なようだが、これには理由がある。

「催眠というのは意識を誘導する作業です。一見自分の意識をコントロールする方が簡単そうですが、自由な意識に自分で催眠の指標を作り維持するのは難しい。他者催眠の場合は外から指標を与えられて導かれるので意識をコントロールしやすい訳です」

なるほど、丁度”無心になろう”といくら頑張ってもなれないのと同じ感覚と言えるだろう。自分の意識ほどコントロールし難いものは無いのかもしれない。

「催眠で重要なのはラポール作りです。簡単に言えば催眠者と被験者の間の違和感を無くしてリラックスさせることですね。このラポール作りができれば催眠は70パーセント成功したと言えるでしょう」

しかし全ての人とそう都合良く信頼関係が築けるとは思えない。なかには催眠術に対して懐疑的・否定的な人もいるだろう。そうした人を相手にした場合、催眠術は無効なのだろうか?

「確かに誰でも間違えなくとは言えません。ただ私の場合元々武術への興味から催眠に入った人間ですから、究極的には敵対する人間に瞬間的に催眠をかけるのが目標なんです。ですから私の催眠は相手を選ばず、かなりの確率でかけられます」と吉田氏は言い切った。

流石は武術家・吉田氏ならではの発想だ。しかし具体的には一体どのように行うのだろうか?

「一番基本的なことは誰もが持つ無意識を意識に変えることです。一番具体的な例を上げるなら呼吸ですね。普段無意識で行っている呼吸を意識させて、息を吐きながら肩、腕、首、目と部分ごとに順番に身体の力を抜かせてリラックスさせる。大切なのはリラックスさせることです」

今回の取材にあたり編集部で3人の被験者を用意し、実際に吉田氏が催眠をかける場面を目の当たりにしたのだが、終始氏が3人をリラックスさせるべく、穏やかな口調と態度で3人に話しかけていたのが印象的だ。

特に面白かったのは被験者に催眠をかける際に、必ず被験者の背後から声をかけつつ、被験者の身体に手を触れ軽く動きを誘導する場面だった。

呼吸に意識を集中し、力を抜いているところに物理的な接触で微妙な揺らぎをつくり、肉体的な不安定感を作りつつ、言葉では「リラックスして、凄く気持ちがよい」と安定感を与えるのだ。この吉田氏の声が横で聞いていても、何か深いところに届く安心感を与える声なのだ。つまり、被験者にとっては肉体的なアンバランスを吉田氏の言葉で補う状態が出来上がっている訳だ。

後で被験者の女性に話を聞くと、催眠術をかけられている間は、目は開いていても焦点は合わず、吉田氏の声しか聞こえない状態だったという。ただ理性自体は喪失したわけではなく自分でも”あれ、(催眠術に)かかっているのかな?”という想いはあったという。彼女は吉田氏の指示通り後ろに倒れたのだがこの時も”あ、倒れちゃった”と想いつつも”まあいいか”と、積極的に抵抗する気が無くなっていたという。

一見すると馴れ合いの”ヤラセ”のようだが、同じく催眠をかけられた男性の被験者に話を聞いても、「不思議に抵抗する気がなくなって、(吉田氏の言葉に)”ああ、そうなんだ”と思ってしまう」と話しており、被験者の抵抗感自体を失わせてしまい、一種合意の主従関係をつくってしまうのが催眠状態と言えるようだ。

また催眠の影響は単に行動的な範囲に留まらず、感覚的な部分も含んでいる。それが明確になったのは被験者にレモンを食べさせた場面だ。吉田氏に「もの凄く甘い」という催眠を入れられた女性の被験者は輪切りのレモンを饗り、「本当に甘い!」と驚きの声を上げたのだ。

詳しくは後述の催眠体験ルポ(34~35頁)をお読みいただきたいが、単なる思いこみではなく、催眠で五感の一つ、味覚が変化したことが分かるだろう。

逆に催眠術で一番かかりにくいのは、疑り深い人ではなく、関心がない人だという。

「疑り深い人はこちらの言葉を聞いて何かを考えたり意識したりする訳で言葉が入りますが、無関心な人は言葉が入っていかない。そうなると難しいですね」

ここまででごく初歩的な催眠のメカニズムは理解することができた。端的に言えば、催眠とは心と意識に直接働きかけることで感覚を含む身体をコントロールすることと言える。

では氣はどうだろうか?

氣も催眠も同じ 意識を通じ身体をコントロールする

≪月刊「秘伝」2007年5月号より転載≫

氣もまた心と意識へ働きかけることで、身体をコントロールするという点では催眠と同じだ。

例えば氣功では施術者が出した氣を被験者が意識し、身体に影響を与える。また効果は違うが冒頭に例として出した触れずに相手を吹き飛ばすのも、意識へ働きかけている点では同じで、どちらも催眠で言うところの他者催眠に近い。

また中国拳法の站椿やヨーガなどで”全身に気を巡らせる感覚を開く”と指導されるが、これもまた意識を通じて自分の身体をコントロールする作業であり、こちらは自己催眠と言えるだろう。

いずれにしろ氣をコントロールするという作業自体が、自己・他者を問わず意識を通じて身体に問い掛ける作業であり、その点では催眠のプロセスとほぼ同じだ。吉田氏は、「氣の全てが催眠だとは言いませんが、心と意識を通じて身体に働きかけるということに関しては催眠と氣は同じだと思っています。特にプロセス・技術という点では、催眠のテクニックを学ぶことで、意識で身体をコントロールする”氣”を通常の何倍も早くマスターすることができます」と言う。

それでは具体的に氣と催眠に共通する要素はなんだろうか?

「イメージです。氣でも催眠でも”どれだけリアルにイメージできるか”それが一番大事です(吉田氏)」

確かに多くの武術が行う”氣”の養成方法も、様々なイメージを持つことで行われる。例えば太極拳では”両手で氣の玉を転がすように”といったイメージを用いる稽古が行われているし、吉田氏が実践する太気拳なども同様だ。

「太気拳で氣を養う立禅は”巨木を抱える”というイメージで行いますが、これはほとんど自己催眠ですよ。ただ先程”リアルに”と言いましたが、これは別に細部まで思い浮かべるというのではなく、本当に心の底に”それがある”と入れてしまうのが重要なんです。心に入ってしまえば、考えなくても本当に感じることができる。自分の抱える太い古木や、葉っぱを揺らす風の匂いを感覚を含めて本当に感じることができるんです。そして催眠の技術というのは瞬間的に心の奥にそのイメージを入れてしまうことなんです。これが催眠でいうところの自己催眠ですね。これができると氣の習得は凄く進みますよ」

では自己催眠を我々が行う方法は無いのだろうか?

「あります。まず全ての基本となるのが”リラックス”で、これは一番大事なんです。どんな時でもサッとリラックスできる。それができれば武術はもちろん生活全部が変わってきますよ」

今回は、特別に吉田氏にご紹介いただいたリラックスするための自己催眠方法を特別に公開、別項にまとめた。興味のある方は是非お試し頂きたい。

「私は武道に催眠は必要不可欠だと思っています。よく”目分を信じて”と聞きますがそれでは弱い。”ある”と本当に感じることで自分も変わるし、それが他の人にも影響を与える。例えば宮本武蔵は自己催眠の天才だったと思いますね。どんな場面でも自分が勝つことを疑わずにいられたから、リラックスして落ち着いて闘え、それが相手にとって気圧された感覚、”氣”の存在として伝わったのだと思います(吉田氏)」

“氣”というと、何か相手をコントロールするイメーージがあるが、何よりも先にまず自分の心をコントロールすることが、気を自分のものにする第一歩なのだろう。そして催眠には、確かにその為の鍵があるのだ。

催眠が呼び覚ます力

≪月刊「秘伝」2007年5月号より転載≫

催眠術ってなに?

「催眠術の体験ルポをお願いします」と編集氏に言われたときに、正直不安になった。
まず催眠術と聞いてもテレビで見るくらいであまりピンとは来ない。それに筆者白身の疑り深い性格上”催眠術にはかからないのだろう″と思っていたからだ。ところが編集氏は、「大いに結構。できるだけ自然に、ヤラセなしでお願いします」と言ってくる。

そうなると頭をもたげてくるのは好奇心だ。一体催眠術とは何だろう?本当に自分にかかるのだろうか?いつもの秘伝の取材とは違った気分で当日を迎えた。

リラックスから始まった催眠

3月某日。今回の体験会には自分の他に編集部員のM女史とH氏の3人が参加し行われた。もちろん全員催眠術は初めてというメンバーだ。

体験に先立ちまずは吉田氏から簡単な催眠術のレクチャーが行われた。

「スムースに催眠術にかかるにはとにかくリラックスをすることが必要」との説明だが、これが難しい。いざとなると”何をされるんだろう”という恐怖から緊張してしまう。

そんな様子の我々に吉田氏は終始くつろいだ感じで話しながら、何気なくM女史を壁に向かって立たせた。その流れが「さあ、それではやりましょう」という感じではなく、ごく自然な雰囲気だったのが印象的だ。

運動支配と感覚支配

M女史との簡単なやり取りの後、次に筆者が呼ばれた。吉田氏は壁に向かって立った筆者の後ろに立ち、肩に手を置き軽く揺らしながら「力が抜けていくよ」と声をかけてくる。自分白身では半信半疑だったが、「後ろに倒れちゃいなさい、大丈夫だから」という言葉に従い”じゃあ、倒れてみようかな”という軽い気持ちでゆっくり倒れてみた。これでいいのだろうか? この時点で自分が催眠術にかかっているのかかかっていないのか、まったくわからない。

ところが後でこの時の様子を聞くと、筆者はゆっくり倒れたつもりだったのだが、かなりの勢いで倒れたようで「頭を打つのではないか?」と編集氏は心配したと言う。そう聞かされても信じられない。本人にはまったくその気がなかったのだ。

次に座った状態で同じことを行う。すると今度は立った状態では反応が鈍かったM女史が、いきなりバタンと倒れこんだ。「わっ、びっくりした」と思わず声を上げるM女史。彼女は途中から身体の力が抜け、目の焦点が合わなくなっているのが自覚できたという。幾つかのやり取りのあと、起き上がったM女史は、「凄くすっきりしています」と晴れやかな表情で笑う。吉田氏によると催眠にかかった状態は身体がリラックスするため、肩こりなどがほぐれるという。

次に吉田氏はアルミ缶の蓋を机の上に置き、「絶対に持ち上がらない」と声をかけた。半信半疑の表情で蓋に手を掛けるM女史だが、「本当に持ち上がらない!」と驚きの声を上げる。

“本当かな?”と筆者も試したのだが、確かに待ち上がらない。これが不思議な感覚で”持ち上げよう″と思っている自分と、”持ち上がらないんだな”と納得している自分がいるのだ。

氏によれば、これが催眠の初歩的な運動支配だという。

次に輪切りにしたレモンを目の前にして「これは酸っぱいということを忘れて、食べたときにものすごく甘く感じますよ」と暗示をかけてもらう。これにいちばん顕著に反応したのが、やはりM女史だった。「本当に甘い!」と驚きの声をあげる。催眠によって味覚という感覚すら変えられてしまったのだ。

潜在力が解放される!?

特に驚いたのがM女史と行った腕相撲だ。まず最初は普通に対戦、当然これは楽勝で一気に持ってゆける。次に古田氏が彼女に力が入るように暗示をかけて再試合。「さあ、どうだろう?」と手を握った瞬間から″違う″。実際に始めてみると一気に持ってゆけた先程とは違い、今度は押し込めず腕が宙に止まる。それどころか逆に彼女の腕から力が湧き上がり、グワッと襲い掛かってくるのが分かるのだ。さすがに焦って、思いっきり力を込めるのだが一進一退の展開、そこへ吉田氏から、力が抜けるように暗示をかけられたからたまらない。見事に負けてしまった。M女史は「普段なら途中で。”駄目だ”と思うところでも、全然負ける気がしなかった」と言う。恐らくその意識が、彼女の身体に眠る潜在力を引き出し力の出力そのものを変えてしまったのだろう。

「催眠でその人に眠る力を引き出すことはできます。ただそれはもともと″ある力を引き出す訳で、無い物は無理です。無理をすると身体を壊しますよ」と古田氏は言う。それにしても驚くべき効果だ。

今回の催眠体験を振り返って思うのは、心の働きだ。リラックスするにつれ吉田氏の言葉が心に入り、”そうかもしれないと、言葉に従う自分が生まれてくる。またその過程には少なからず心地よさ、つまり従うこと自体が不快ではないことが重要な要素に思える。また横で実際に催眠にかかった人を見るのも。”あ、こうなるのか”と思う意味でポイントだろう。

「気は心」「病は気から」とは昔から言うが、改めて心が身体をダイレクトに変えてしまうことを、今回の催眠体験を通して体感できた。もちろん催眠術でできることできないこと、はあるだろう。

しかし身体を使う、変えるという方法のひとつとして、催眠の可能性を感じた次第だ。

集団催眠の記憶

私がまだ幼少(5歳か6歳)のころ、父に連れられて、小学校の講堂で催された気合術の実験と講演(当時、怪しげな講演がいろいろあった)を見にいった記憶がある。出し物としては、真っ赤に焼けた鉄の棒を手でしごいたり、体中に畳針を刺したり、そのほか不可思議な技がいろいろあった。それらを演じた最後に、「今、外は雨が降ってきた。今日、来てくださった皆様全員にお礼として傘を進呈する」
と言い、大人全員(このあたりの記憶は定かではないが)に傘を配った。私の父も傘をもらい、その傘をさして家に帰った。家に着いたら、どういうわけか空には雲ひとつ無く月が出ていて、傘だと思って手に持っていたのは、”割り箸”だった。という経験がいまだに意識の底にこびりつくように残っている。今、考えてみれば、これが私と催眠術の初めての出会いであったような気がする。

私の父は、私が27歳のときに他界しているが、若いころから不可思議な話や超常現象に類する話題が大好きだった。父が実際に見た非常に不可思議な催眠術の講演会の話や、霊媒実験の話もいろいろと聞かされている。大正時代から昭和ひと桁の時代のはなしである。
父が話してくれたのが本当の話で、インチキでないとするならば、その当時は日本にも優れた催眠術師が数多くいたことになる。

超知覚が芽生え、同時に頭もよくなる!?

催眠術というと、「テレビで見たことはあるけど、やらせじゃないの」ぐらいの認知度しかないのが現状である。だが、テレビでやっているのは本当であり、しかも催眠のごく初歩にすぎない。
催眠の世界は奥が深い。私も催眠術を実践・研究するようになって、はや40年を超える。その間、どうしても科学的に説明できない現象を何度か経験している。

ある人の依頼で、高校を受験する子供に催眠を施したことがある。受験のために集中力をつけ、勉強が好きになるようにならないか、という依頼だ。その催眠の暗示カテストの段階でいろいろな実験をやってみたが、その中でこんなことがあった。
 被験者の右腕の隣に一本の大根を置き、「この大根は、あなたの右腕ですよ」という催眠暗示を与えておいて、その大根をつまようじてチクチク刺す。すると被験者は、大根が刺されると同時に、右腕につまようじで刺されたと同じ痛みを感じる。次にその大根を腕から遠く離し、同じ実験をしてもやはり同じ反応を示す。

ここまでは「暗示作用」ということで、科学的に説明できるだろう。しかし、この大根を被験者から見えない場所に置いて刺しても、あるいは被験者に目隠しをして実験しても、同時刻に同じ反応を示したのである。これには、やった私のほうが驚いた。被験者はいったいどうやって、大根が刺されたことを感知したのだろうか。
 その後、何回か試したが、結果は同じである。当然、現在の科学では説明不可能だろう。
 また、次のような例もあった。

私の古くからの知人で樋□(仮名)という男がいる。彼は非常に楽しい男なのだが、一般常識的なことに対してはいっさい無頓着な性格で、新聞の政治欄などはおよそ読んだことがない。その彼をある酒席で催眠導入し、「政治評論家」だと思い込ませた。いわゆる人格変換誘導である。
 すると驚いたことに、いきなりむすかしい言葉を随所に入れ、世界情勢をとうとうとしゃべりだしたのである。しかも、こちらの質問に対しても、すらすらと答えることができた。どう考えてもデタラメをいっている感じではない。
 私自身、彼が、そんなむずかしい話は絶対にできないことはよく知っている。だから、そのとき一緒にいた7、8人全員が”樋口は普段わざとバカなふりをしてたんじゃないの”という言葉が出るくらいびっくりしたのである。

福来友吉

最近わかったことだが、福来友吉博士も催眠実験を何度も行っていた。記録によれば、ある実験で、催眠に入っていた被験者が、博士の机上に置かれていた専門書の何ページに何が書かれているかをピタリといい当てたことがあったらしい。しかもこの被験者は、高等教育を受けた人ではなく、その学術書の内容を理解することなど、とても不可能だったという(「催眠術の日本近代」 一柳廣孝著、青弓社より)。これは私の行った実験とまるで同じではないか!

図 2:福来友吉博士。超常能力の実験を行い、世界に先駆けて「念写」という現象を発見した。

催眠下で顕現した脅威の予知能力

いろいろな体験を経るにつれ、私は催眠が人間の能力をどこまで引きだせるのか、その興味にかられ、さまざまな実験を試みていった。

もう十数年も前のことである。叔母を催眠誘導し、世界最高の「霊能者」だと思い込ませてみたことがあった。最初はありきたりの質問から始まり、たとえば「近いうちに、東京に大きな地震はありますか」という質問に対しては、叔母は何も考えずに「ないわよ、これから10年はない。だけど西のほうにはあるわね」という答えが返ってきた。

私としては、その当時から10年は東京に大地震はないが、西のほうには10年以内に大きな地震があると受け止めた。それから数年が過ぎた1995年1月に阪神大震災が起きた。叔母がいったのはこのことなのかどうか、今もよくわからない。だが、叔母の言葉で、私が西のほうで大きな地震があると感じたことは確かである。

次に、ある若者が「今つきあってる彼女とは結婚できますか」と質問した。それに対しては、あっさりした口調で「だめっ、その彼女、あんたじゃない男がいるじゃない、その男と結婚するのよ」という。
私はそのとき、まずいことをいうなと思った。はずれたらどうするつもりなのか。だが、それから約4か月後、叔母の予言はズバリと当たった。若者の彼女は別の男と結婚したのである。

また、当時、ホステスをやっていたある女性が「私と今一緒にいる男ですけど、この人とは将来どうなるでしょうか」と聞くと、叔母は今度は非常にむずかしい顔になり、しばらく考えてから「その男の人は何という名前」といい、名前を聞くとまたしばらく考え、「今年いっぱいね、来年になると会えなくなるわ」とはっきり答えたのだ。

その答えに対して女性が「ほかに好きな女がいるとか・・・」というと、それには答えられず、何か考えている状態が続いた。
 しかし、これもそれから約半年後、驚くべき結果がわかった。その男性は傷害事件を起こし、前科があったため、その年の暮れから7年の刑で服役することになったのだ。
このとき質問した人たちは、全員、叔母とはまったくの初対面であり、ましてやホステスがつきあっている男性に前科があったなどということはだれも知らなかった。

また、ほかの実験で、その場にたまたまスポーツ新聞があったので、次の日の競艇の予想をしてみようという話になった。
 ほとんど遊び半分で、4、5人いたなかの森出(仮名)という男を選び、催眠導入し(彼は以前に何度か催眠導入している。また、競艇は知っているがあまり興味はない)、次の日の予想をさせたところ、もしも12レース中すべて3点買いしていたら、10レースは的中していたという結果が出た。

その後、偶然か偶然でないか、もう一度やってみようということになり、再度、試みたところ、今度は8レース中7レース的中という結果が出た。
 このとき、森出は初回のときも2回目もなぜか「頭が割れるような猛烈な痛み」に襲われたそうである。それ以後、この実験はやっていない。もちろん、森出の頭の痛みは、これも催眠によって徹底的に抜いたことはいうまでもない。

ほかの実験では、他人の小銭入れの中身は、ほぼ確実に当たるという結果が出た。被験者を催眠導入し、小銭入れの中を”見させた”ところ、10円玉いくつ、100円玉いくつ、と正確に答えるのである。しかし、紙幣や力-ドなど、いろいろなものが入った財布はうまくいかなかった。

それにしても、これはどういうことなのだろうか?こうなるとただの思い込みではとても説明できない。明らかに超常能力が芽生えたとしか思えないのである。ただ、おもしろいことに、この種の実験は、催眠に入ればどんな被験者でもできるというものではなかった。といっても、被験者がもともと特別な能力を持ち合わせていたというわけでもなさそうなのだ。私もよく知っている叔母がそうであるように、普段はごく普通の人たちなのである。
この差がどこにあるのか、この超常能力がどこからくるのか、なんとも答えの出しようがないのが現状である。

催眠術についての質問-その1

まず、「催眠」には、「自己催眠」と「他者催眠」があります。

「自己催眠」とは、自分で自分の心をコントロールし、誘導していく技法で、「他者催眠」とは、他の人を催眠誘導していくことを言います。

他者催眠の利用法としては数限りなくあります。まず、人間の病には、肉体的な病と精神的な病があります。

たとえば、極度のストレスを抱えている人、悩みごとをずっと抱えている人、これはりっぱな「精神的な病」に入ります。

そのような状態の人は後遺症として、偏頭痛、肩こり、胃炎、その他いろいろな二次的な症状が出てきます。そこで一時的にでも、ストレスを取り除いてあげたり、悩みごとを忘れさせてあげるのが「他者催眠の力」なのです。

また、イライラ、緊張、不安、あがり等を取り除いてあげたりと、精神的な治癒力に関して言えば、「催眠の力」が最高であると言っても決して過言ではありません。しかし、なんでも催眠で治せると思うのは、非常に危険な場合があります。あくまでも医師との連係プレーでなくてはいけません。

医者に行っていろいろな検査、診察をしたところ、肉体的にはどこも悪いところはないと医師に診断されたのに、なにか一日中頭が痛いとか、胃がチクチク痛むとか、そのような被験者の場合、「催眠」の出番になるわけです。

しかし、あなたが催眠誘導がある程度できるようになったとき、催眠に導入して、ただ、「偏頭痛は完全に治りました」とか「胃の痛みはもう忘れました」では、そのとき一時的に治ったにしても、すぐに元に戻ってしまいます。

そこでまず、ストレスや悩みごとの。”根っこ”を探り出し、取り除いたり忘れさせてあげなくてはなりません。それにはまず「カウンセリングをかねたラポール作り」から始まり、催眠導入のあと、「どのような角度から”暗示”を与えていくか」、ここが非常に重要なポイントになってきます。

そこで、あなた独自のアイデアとセンスが生かされてくるのです。

たとえば欧米では次のような例がありました。

ある若者が、ガールフレンドとドライブを楽しんでいたとき、そのガールフレンドが急に腹痛に悩まされ、たまたまその彼氏の方が催眠術ができたので、催眠でその痛さをとってあげたところ、うそのようにケロッと治ってしまい、そのまま何日かたって、また腹痛になったので今度は医者に行ったところ、盲腸と診断され、手遅れ寸前だったという例があります。

この場合、催眠で痛みは忘れさせても、盲腸の治療にはならなかったというよい例だと思います。もしも二度目に腹痛になったとき、そばに彼氏がいて再び催眠で痛みを忘れさせてしまったらその後どうなったか、催眠者として人事ではすまされないような気がします。

催眠は、ときには考えられないくらいの力を発揮します。しかし、決して過信してはいけません。

どちらが難しいかといえば、「自己催眠」のほうが数倍難しいと言えるでしょう。催眠誘導する場合、難しい順番としては、自分で自分を誘導する「自己催眠」につづいて、自分の父母、兄弟等、また、あなたが催眠術をやるようになったずっと以前から親しく付き合っている幼なじみ、友人などを上げることができます。

要するに、あなた自身のことをあまりにも知りつくしている人は、どんなに素直な人でも、”こいつに催眠術なんかかけられて、私の心をコントロールできるわけがない”という反発心を多少なりとも持っています。したがって、初心者のうちは、あまり親しい人を被験者にして練習しないほうがよいと思います。

しかし、上達してラポール作りが上手になってくると、父母だろうと幼なじみだろうと、誘導することは可能になってきます。

最初のうちは特に、あまり親しくない人を被験者に選ぶことをお薦めします。

また、人の言うことを絶対に聞かないガンコな人、催眠を極端に嫌う人等は最初のうちは避けたほうがよいと思います。

よく”あいつはバカだからすぐかかっちゃう”とか”単純だからすぐかかる”という言葉を耳にします。

そんなことは絶対にありません。むしろ、知能の優れた人、何事にも探求心を持ち、頭脳明晰な人のほうが深く入ります。また、普段からイメージカに優れた、芸術家タイプの人等は、非常にスムーズに誘導することができます。

強いて催眠誘導しにくいタイプの人をあげるならば、こちらの言葉の意味を理解できない人、精神に異状をきたしている人等を上げることができます。

男性と女性ではどちらのほうが誘導しやすいか、という質問もよく受けますけど、これは非常に難しい質問で、私としてはまったく同じだと思います。しかし私の経験では、女性のほうが時間的に早く誘導されたように見えるだけで、深い催眠に誘導されていくのはむしろ男性のような気がします。これは男性と女性の筋肉組織の違いとか、ホルモン組織の違いによるものではないかと思います。

特に最初の「運動支配」に誘導するときは、「筋肉組織」のことを頭に入れておかなくてはなりません。

催眠術についての質問-その2

初心者として最初のうちは、十才から十五才くらいまでの、大人の言うことをよく聞く素直な子供を被験者にすることをお薦めします。そして、必ずそばに第三者がいることを条件に、テスト練習することが望ましいでしょう。そばに誰もいないと、被験者に恐怖心を持たせてしまう場合があります。

次にあなた自身がリラックスして、ちょっとしたゲーム感覚で始めるとよいと思います。そのときあなたは被験者に、初心者だということを絶対にさとられてはいけません。

少し慣れてきたら、飲み会とか、ちょっとした家族パーティー等で練習してみるのもよいと思います。そのようなときは催眠に興味のある若い女性が望ましいでしょう。

“アルコールが入っていても、催眠にかかるのか”という質問もよくありますが、泥酔状態は別として、人間アルコールがちょっと入ると、普段よりもリラックスした状態になります。したがって誘導しやすくなることも事実です。

催眠の誘導技術を上達させるには、いろいろなタイプの被験者に接してみなくてはなりません。いろいろなタイプとは、男性、女性、年齢的に、下は六才ぐらいから、上は八十才くらいまで、あなたの言うことをよく理解できる人なら誘導することは可能です。

ただし、あまり高齢者になると、難しいところがありますので、最初のうちは避けたほうがよいと思います。

催眠は、覚醒法がしっかりしていれば、後遺症は絶対にありません。
しかし、一人の被験者に何度も導入していると、その被験者の導入されるテンポがどんどん早くなり、しまいには、指ひとつ鳴らしただけで、運動支配も感覚支配も通り越していきなり記憶支配に入ってしまう場合もあります。

したがって一人の被験者に、いたずら半分に掛け続けることは、絶対にやってはいけないことです。

私事で恐縮ですけど、私は四十年以上催眠にたずさわり、今まで何千人という被験者を対象に、いろいろな催眠をやってきました。しかし、今までに後遺症になった人は1人もいません。これで後遺症はないという証明になるのではないでしょうか。

はっきり言って同じです。しかしメンタルトレーニングの場合は、自己催眠的なこと(自律訓練法等)を取り入れた指導が多く、他者催眠的な誘導はあまり取り入れていないはずです。「瞑想誘導催眠」等は取り入れる場合はありますが、強力な他者催眠誘導はまだ日本では取り入れていません。私個人としては、何人かの有名プロスポーツ選手の個人指導はやっていますが、メンタルトレーニング的な指導ではなく、あくまでも他者催眠的指導です。結果としては、心のトレーニング、心のコントロールに関して言えば、「催眠」以上のものはないと断言します。

近年日本でも、各種プロスポーツの世界や大学の運動部では、メンタルトレーニングは当たり前に取り入れられるようになりました。これも最近の話で、一昔前までは、スポーツは肉体の鍛錬と練習のみであり、心のトレーニング等は考えませんでした。

私の知るかぎりでも、優秀な指導者に恵まれ、すばらしい効果を上げているのも実際に見ています。
要するに、メンタルトレーニングも「催眠」なのですから、書籍等で覚えようとしても無理が出てきます。やはり、しっかりした指導者について学ぶべきだと思います。

催眠術についての質問-その3

これは非常によい質問です。これから催眠を覚える上で、絶対に頭に入れておかなくてはいけないことです。わかりやすく簡単にお答えします。

自律神経には「交感神経」と「副交感神経」があります。

普段仕事をしていて気が張っているときとか、神経をピリピリしてなにかをやっているときや、緊張時等に働いているのが「交感神経」で、のんびりリラックスしているとき、眠っているとき、好きな音楽等を聞いていい気持ちでウットリしているとき、等働いているのが「副交感神経」になります。

人間は、一日二十四時間のうち、この両交感神経が、片寄らないようにバランスよく働いていればよいのですけど、心配事があったり、イライラしていたり、緊張時が続いたりすると、「交感神経」が働きっぱなしになってしまって、「副交感神経」に変わらないため、結果として不眠症、肩こり、胃炎その他の後遺症につながっていきます。

「催眠」は、まず副交感神経を出すように誘導していくことから始まります。

「催眠者」となるあなた自身で、これからは、今は「交感神経」が働いている、今は「副交感神経」が働いていると意識してみることも必要です。

非常に物騒な質問ですが、誰もが興味のあるところです。

催眠を相当研究している心理学者の先生でも、死につながるほどの極端な状態になると理性のほうが勝ってしまって、催眠から覚めてしまうため不可能だと言います。

しかし、絶対に不可能であるとは言えません。私が実験したわけではないので、それ以上のことは言えませんが、何回も言うように、「催眠の誘導技法」はアイデアとセンスです。理論や能書きではありません。このへんはあまり詳しく書くと、さし障りがありますので、武道の世界に相通ずるところがある、とだけ記しておきます。

町に出れば、刃物等すぐに手に入ります。しかし、これを凶器にして悪用しようと思う人がいても、事前にわかるはずがありません。どこの家庭にでもある包丁も、料理を作る道具にもなり凶器にもなるのです。これはその人の理性の問題です。催眠も同じことが言えます。悪用しようと思えば確かにできます。しかし、悪用できるくらいの技術ということは、それまでに多数の実験、練習を重ねた相当の熟練者でなくては無理です。

最初は不純な気持ちから、催眠を覚えようという気持ちがあったにしても、少しできるようになり、本当に自分のものにしようと思ったとき、そのときはもっと上達しようという気持ちから、最初の気持ちとは変わっているはずです。

たとえば、ケンカに強くなろうという気持ちから空手を習い出した若者が、やがて有段者になり、空手の魅力に取りつかれたとき、初心の気持ちはなくなっているのに似ています。何事も”ちょっとかじる”というのが、一番よくないような気がします。

催眠の場合、ちょっとかじったくらいでは、悪用できるほどの「技術者」には、絶対になりません。

我々人間は、知らず知らずのうちに人に暗示を与えたり、人から暗示を与えられて生活をしています。しかしほとんどそれに気付いていません。

約三才から六才くらいまでの幼児のお母さんは、その子供にとって世界一の催眠術師であると言われています。お母さんのその子供に言う言葉は、ほとんど暗示語として伝わってしまうのです。子供のうちに潜在意識に蓄積されてしまった暗示は、一生取れない場合もあります。たとえば”おまえは本当にバカな子だね”と毎日のように言い続けたとしたら、その子供にとって最悪の事態を招きます。その反対に、学校ではまったく勉強のできない自分の子供に”おまえは天才だ、おまえは必ずすごいことをやる”いう言葉をいつも言われているうちに、世界的な発明家になってしまったのがあの「エジソン」であると言うのは有名な話です。

あなたがもしも風邪をひいて、薬局に薬を買いに行ったとき、初めて聞いた名前の薬とテレビコマーシャルでいつも見ている薬と値段が同じだったらどちらを買いますか。よほどのへそ曲がりでない限り、コマーシャルで見ていたほうの薬を買うと思います。これも暗示効果です。

このような「暗示」を、「暗示語」として意識して使い、被験者をトランス状態に誘導していくのが「催眠」です。